ブラジルの思い出

その他
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こんにちは。オヤジです。

いよいよリオ五輪開幕ですね。

当日になっても本当に開催できるのか?という不安はありますね。

選手村の設備だったり。

スタジアムの出来だったり。

ジカ熱の恐怖だったり。

治安の悪さだったり。

でもまあ、泣いても笑っても本日オリンピックスタートですわ~。

そういうわけで、今日はブラジルに関する思い出話なんぞを。

いや、ブラジルへは行ったことないんですよ。

写真はwikipediaより

写真はwikipediaより

 

1992年、夏

ワタクシ、大学出てすぐ就職したのは愛知の会社。

愛知へは大学3年の工場実習で行ったことはありましたが、あんまりよく知らない土地でした。

全国各地から集まってきた同期の仲間と、オンボロ会社寮で過ごすことになりました。

どれくらいオンボロかというと、隣の部屋で爪を切る音が鮮明に聞こえるくらい。

もうね、レオ○レスも真っ青っすよ。

まあそんなオンボロ寮でしたが、同期の仲間達とはすぐ仲良くなり。

住環境がそんなこんなだから、団結できたのかな??

 

同期の仲間は大概いい大学を出ていて、話すことのレベルが高かった記憶が。

他愛ないバカ話ひとつにしても今思い返すとあー、やっぱアイツら頭よかったんだなーと。

会社近辺は愛知県という事で、ブラジル人のワーカーさんがたくさん。

クルマ産業盛んですからね。

会社のオンボロ寮にもブラジル人、けっこういたなあ。

あ、これは1992年頃の話。

今はどうなんだろ?

 

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ある休日の出来事

ワタクシは仲のよい同期の友人と、大須へパソコン周辺機器を買いに行ったんですよ。

多分、フロッピーディスクでも買いに行くつもりだったんでしょうね?ちょっと記憶が曖昧。

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寮を出る前にその友人曰く。

「今日は大須着くまで英語で話そうぜ!」

って。

そういうノリはキライではなかったのでワタクシも付き合い。

なんで大須までなのかは確か大須に着いてパソコン部品見て盛り上がっちゃうから、だったかな。

そんなこんなで、寮から最寄駅まで英語で話しながら歩き始めたのでした。

最寄駅は、いつもそこそこの賑わい。

パチンコ店か本屋くらいしかなかったんですがね~。

いつもブラジル人かな?外国の人がたむろしてました。

それを横目に英語で話していると、たむろしてる中のおっちゃんが近づいてきます。

満面の笑みをたたえて。

最初はワタクシ達の後ろにブラジルのお友達でもいるのかと思ったんですよ。

しかし、おっちゃんのターゲットはワタクシだったのです!!!

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ちげーよ!

おっちゃん、ずんずんワタクシに近づいてきます。

なんだなんだ??と思っておりますと衝撃の一言。

「アナタ、ブラジルノカタデスカ?」

あまりにも突然すぎたために、

「い、いえ!ち、ち、違いますよ!」

と動揺しながら返答。

するとおっちゃん、なぜか肩を落とし、残念そうに仲間たちの元に戻っていきました。

一方ワタクシは何か釈然としない・・・・・。

友人が「モロ日本語だったじゃん!」って笑っていました。

いや、君も今日本語使ったよね?とかって突っ込んでいると気づきました。

そう、日本語

おっちゃん、なぜ日本語で訊いてきたのだ!!

ブラジルの方だと思ったらブラジル語で話しかけるのがスジではないのか!

なぜ日本語なんだ!!!

ハァハァ。

・・・・・・。

確かにその頃はそこそこ日焼けもしていたし。

ぱっと見ガイジンって言われることもあったし。

しかしですよ。しかし!

なんだか納得がいかない!

いや、ブラジル人は好きなんですよ?濃いしカッコイイし。

でもなあ。なんだかなあ・・・・・。

 

オリンピック、ニッポン頑張れ!(半ば投げやり

 

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